天然記念物として保護されてきた鹿。
害獣として駆除されてきた鹿。
奈良の鹿をめぐる問題を、
対立ではなく対話で解決するために。
奈良の鹿の歴史
まとめると・・・
- 春日大社の神様は白い鹿に乗って奈良にやってきたことから、奈良の鹿は神の使いの子孫であるとして大切にされた。
- 鹿を守る政策を実施してきたが、昔から保護と駆除の間で揺れ動いており、保護する地域も広まったり狭まったりを繰り返してきた。
- 奈良の鹿が天然記念物として登録された際、地元の意思よりも広い範囲で鹿が保護されるようになり、鹿害訴訟につながった。
古都奈良のシンボルの一つである鹿
遠足や修学旅行の目的地として、定番の一つでもある奈良公園。有名な寺社や仏像、風情ある街並みと並んで、多くの人の記憶に残っているのが、鹿ではないでしょうか。なぜ、奈良にはこんなにも多くの鹿がいるのか、ご存じですか?
くつろぐ鹿の群れ
春日大社
白い鹿に乗ってやってきた神様
世界遺産「古都奈良の文化財」の一つ、春日大社。その第一殿に祀られる武甕槌命(たけみかづちのみこと)は、奈良時代、茨木県の鹿島神宮から白い鹿の背に乗って、御蓋山にやってきたとされています。奈良の鹿は神の使いの子孫であると考えられるようになり、平安時代には、春日大社参りの時に鹿に会うと縁起が良いとされました。
神鹿保護のはじまり
室町時代には、神鹿を殺した者は死刑とされるようになりました。江戸時代初期には鹿によるけが人が何人も出ましたが※、鹿が保護されており手出しができなかったため、石を投げたり杖で防御したりするしかなく、それが鹿に当たるとたちまち死傷する状態で、鹿との共存は困難でした。
※『奈良市史 通史3』 (1988), p. 239, 史料『橋本家文書』「角伐濫觴」
二之鳥居付近の神鹿像
神獣か、害獣か
明治11年には、神鹿殺傷禁止区域が設定されましたが、農産物被害を理由に神鹿殺傷禁止区域縮小の願い出があり、神鹿殺傷禁止区域は春日大社と奈良公園内に縮小されました。
農業被害軽減のため神鹿殺傷区域を縮小
地元の意思よりも広い地域で鹿が天然記念物に
昭和32年、鹿を天然記念物にするべく、春日大社と奈良市が春日大社、奈良公園、春日山周辺の「地域指定」で申請。ところが結果として、当時の奈良市一円を主な生息地域として「地域を定めず」に天然記念物に指定されました。
地元の意志よりも広い地域で鹿が天然記念物に
鹿害訴訟勝訴の碑
鹿害訴訟、和解、そして
昭和54年、農民が鹿による農業被害を訴えて裁判を起こします。その裁判の和解条項として、文化庁は昭和60年に「奈良のシカ」の生息域を奈良公園平坦部のA地区、春日山原始林を含む奈良公園山林部のB地区、その双方の周辺地域のC地区、その他の地域のD地区に分け、それぞれの地区における保護管理に関する基準と捕獲に関する基準を示しました。
鹿害裁判の和解条項にもとづき地区区分が定められた
地区区分と保護管理基準の見直し
平成28年、鹿害訴訟の和解条項を確実に履行するために、地区区分と保護管理基準について見直しが行われました。農作物の味を覚えた鹿は、繰り返し農作物被害を起こすとされ、A、B、C地区で農作物被害を起こした鹿は生け捕りにされ、奈良の鹿愛護会が鹿苑の「特別柵」で終生飼育してきました。
地区 | 保護と管理の方針 | 農作物被害を起こした 鹿への対処 |
---|---|---|
A地区 重点保護地区 |
「奈良のシカ」生息中心域 人間への被害防止、鹿の保護のための捕獲 |
特別柵で終生飼育 |
B地区 保護地区 |
人間への被害防止、鹿の保護に加え、 農作物等への被害を防ぐための捕獲。 |
|
C地区 緩衝地区 |
人間への被害の防止、鹿の保護に加え、 農作物等への被害を防ぐための捕獲。 |
|
D地区 管理地区 |
農林業被害防止のために、 加害個体の捕獲を実施する。 |
年間180頭を上限に捕獲 |
今、起きていること
まとめると・・・
- C地区でわなにかかるなどして捕獲された鹿は、一般財団法人奈良の鹿愛護会(以下、愛護会)が生け捕りにして、春日公園内鹿苑の特別柵で終生飼育してきた。
- 2023年、特別柵内の鹿がやせており死亡率も高いことが指摘された。調査の結果、エサの量は不足していないが、エサの種類や与え方などの改善点が浮上した。
- 生け捕りにした鹿全てを限られた面積や人員で終生飼育することの困難さから、C地区の鹿の扱いについて議論していくことが発表された。
鹿は増えている?
まとめると・・・
- 北海道を除く日本全国でのニホンジカの生息数は、1989年から2020年までの約30年間で約9倍に増加。
- 奈良公園平坦部での鹿の生息数は、戦前が約900頭、戦時中に100頭足らずまで激減したが、保護活動により1960年代半ばには約1000頭まで回復、その後徐々に増えて2023年には1200頭を越えている。
全国のニホンジカ及びイノシシの個体数推定等の結果について/環境省報道発表資料
赤枠(管理人加筆)内は「抜本的な鳥獣管理対策」を実施し、10年間で鹿を半減させることを目標に捕獲圧を高めたことによる減少。
(財)奈良の鹿愛護会提供資料より作成
鹿が増えすぎると
まとめると・・・
- 鹿の口が届く高さ(地上約2m)より低い場所の植物が食べつくされ、やぶに棲む生き物や、それらを食べる生き物が減っている。
- 地表を覆う植物が減ったことによる土壌の流出や、河川・海の水質悪化。
- 好まない植物や体質に合わない植物でも食べるしかなくなり、体調を崩す鹿も。
- 2013年から国は「抜本的な鳥獣管理対策」として、鹿の個体数を10年間で半減させることを目指してきた。
- 善悪はさておき、増えすぎた鹿を殺して減らすことは、奈良の外では国を挙げておこなわれているのが現実である。
- 植物が減ることで二酸化炭素の吸収量が減り、地球温暖化を防ぐ力が弱くなる。九州大学演習林で炭素蓄積量が最大約半減。
Reduction in forest carbon stocks by sika deer-induced stand structural alterations Forest Ecology and Management Volume 562, 15 June 2024, 121938 プレスリリース:シカの増加は森林の炭素貯留機能を半減させた~天然林における高いシカ採食圧の影響を初めて定量化~(九州大学)
シカ・イノシシの捕獲強化対策と捕獲目標について/環境省資料
赤枠(管理人加筆)内は「抜本的な鳥獣管理対策」を実施し、10年間で鹿を半減させることを目標に捕獲圧を高めたことによる減少。
ディアラインとは
鹿の多い地域では、鹿の口が届く範囲(地上から約2m)の植物が鹿に食べつくされることで、木々の間から向こうが見通せる独特の景観が作り出されます。
木はいつかは枯れますが、地表に落ちた種が芽吹くことで森林が保たれてきました。鹿が芽生えを食べつくすことで、森林の衰退が危惧されています。
地表には鹿の好まない植物しか残りませんが、あまりにも植物が減った結果、本来好まないイズセンリョウ、毒性のあるアセビなどを食べ、体調を崩した鹿も目撃されています。
ディアライン
芦生タカラの森facebookより転載
【鹿により危機に瀕する森】case1. 森林芦生原生林
京都府南丹市美山町芦生にある京都大学芦生研究林は、近畿地方に残る数少ない大規模天然林です。
環境保全のために、一般の利用に関して入山規定を設けていますが、先日「芦生もりびと協会」主催のガイドツアーに参加させていただきました。
車から降り立ったとき、「春日山と同じだ」と感じました。実際には生えている木も全く違うのですが、地表付近の緑が非常に乏しいのです。
山道を歩きながら左右を見回すと、かなりの割合で木が熊による樹皮剥ぎを受けていました。樹皮剥ぎの程度によっては木が枯れてしまうそうです。
樹皮剥ぎによって木が枯れたとしても、本来であれば地面に落ちた種が芽吹き、いずれ植生が復活します。
ところが、芦生でも鹿などにより芽生えが食べつくされ、地表がむき出しになっていました。
熊による樹皮剥ぎ
植樹も鹿除けの柵の中でおこなう。
現地では山で採取した種から苗を育て、鹿に食べられないよう柵を張った内側に植えることで森の再生を目指しておられます。芦生は鳥獣保護区でもありますが、許可を得て鹿を取っているとのことでした。
【鹿により危機に瀕する森】case2. 伊吹山
伊吹山は、岐阜県との県境にそびえる滋賀県最高峰の山であり、伊吹山にのみ自生する伊吹山特産種を含む固有の生態系が発達し、豊かな自然が育まれていました。
ところが、鹿の過度の食害により、動植物が姿を消しつつあります。集中豪雨の増加の影響もあり、2023年7月に登山道が崩落、今も麓からの登山ができない状態です。
動植物の宝庫 伊吹山
イブキジャコウソウ
そこで米原市は、伊吹山植生復元プロジェクとして ①ニホンジカの捕獲強化 ②南側斜面の崩壊防止・植生回復 ③山頂・3合目における植生保全 の3つのアクションに取り組んでいます。
平成22年 | 平成28年 | 令和2年 | |
---|---|---|---|
伊吹山南斜面 | |||
草丈が高く青々していた。 | 土が露出し始める。鹿の好まないコクサギとイブキガラシが増えた。 | イブキガラシさえも消え、表土が流され始めた。 | |
平成22年 | 平成29年 | 令和2年 | |
伊吹山尾根 | |||
崖以外、緑で覆われていた。 | 草丈が低くなった。 | 石灰岩が露出し、動物が隠れる場所もなくなった。 | |
平成22年 | 平成28年 | 令和2年 | |
伊吹山9合目 | |||
一面の緑。 | 裸地が目立ち始めた。 | ほぼ裸地に。 | |
平成26年 | 平成30年 | 令和2年 | |
伊吹山山頂付近 | |||
鹿の多いエリアだが、草丈が高く鹿の脚が見えない。 | 鹿が増え、草丈が低くなり鹿の脚が見える。土や石灰岩が露出し始めた。 | さらに鹿が増え、草丈が低くなった。 |
伊吹山南斜面 | ||
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平成22年 | 草丈が高く青々していた。 | |
平成28年 | 土が露出し始めた。鹿の好まないコクサギとイブキガラシが増えた。 | |
令和2年 | イブキガラシさえも消え、表土が流出し始めた。 |
伊吹山尾根 | ||
---|---|---|
平成22年 | 崖以外、緑で覆われていた。 | |
平成28年 | 草丈が低くなった。 | |
令和2年 | 石灰岩が露出し、動物が隠れる場所もなくなった。 |
伊吹山9合目 | ||
---|---|---|
平成22年 | 一面の緑。 | |
平成28年 | 裸地が目立ち始めた。 | |
令和2年 | ほぼ裸地になってしまった。 |
伊吹山山頂付近 | ||
---|---|---|
平成26年 | 鹿の多いエリアだが、草丈が高く鹿の脚が見えない。 | |
平成30年 | 鹿が増え、草丈が低くなり鹿の脚が見える。土や石灰岩が露出し始めた。 | |
令和2年 | さらに鹿が増え、草丈が低くなった。 |
【鹿により危機に瀕する森】case3. 春日山原始林
春日大社の聖域として、1100年を越えて守られてきた春日山原始林。特別天然記念物に指定されているうえ、世界遺産「古都奈良の文化財」構成資産の一つでもあり、文化的にも価値を認められている原生林です。
オオカミや野犬が消滅したこともあってか、鹿による下層植生の過度の食害が生じており、ナラ枯れや外来種ナンキンハゼの侵入もみられ、危機に瀕しています。
1971年
写真撮影:厚見昌彦氏
(奈良県立図書情報館今昔写真WEB蔵)
画像編集ソフトでカラー化したもの
2024年
写真撮影:当サイト管理人
1971年には下層植生に覆われていた幹が露出
春日山から流れ出る水谷川は、かつては雨の後でも濁ることはなかったと言われていますが、近年では下層植生の減少によって土壌への雨のあたりが強くなったためか、まとまった雨の後には濁るようになっています
土壌が流出することでますます倒木が起こりやすくなり、山が崩れつつあることが見て取れます。
赤線内の木は既に川に転落、青線内の木も転落が危ぶまれる状態です。
また、日本野鳥の会奈良支部による調査ならびに探鳥会の記録によりますと、春日山に生息する野鳥の種類が減少しているとされています。
下層植生が失われたことにより、やぶに棲む生き物が減少した結果、それらを餌としていた野鳥が減少している可能性が示唆されます。管理人もこの数年で春日山の鳥の声が小さくなりつつあることを実感しています。
【鹿により危機に瀕する森】case4. 奈良県大台ケ原
2009年9月には存在したスズタケ群落が2年でほぼ壊滅しました。葉の食痕からニホンジカによるものと推測されます。
コマドリは子育て期の餌場として、スズタケ群落のようなブッシュ(藪)を必要とします。コマドリが減ったということは、コマドリのエサとなる生き物も減ったと考えられ、生物多様性の低下が懸念されます。
コマドリ保護が目的ではありませんが、環境省が2000年から防鹿柵の設置を始めています。
2009年9月旭林道
2011年6月旭林道
奈良の野鳥ものがたり-今、自然におきていること-
掲載写真撮影者にカラー画像を譲り受け、許可を得て掲載
【鹿により危機に瀕する森】case5. 九州大学宮崎演習林
気候変動(地球温暖化)の原因の一つとされている、大気中の二酸化炭素(CO2)の増加。森林の植物は、二酸化炭素を吸収することで、気候変動の緩和に役立つとされています。近年、シカの増加により、地表付近の植物の減少、シカが好まない植物への置き換わり、木が枯れた場所で次世代の木が育たないなどの事態が生じています。
九州大学大学院生物資源環境科学府 博士後期課程の阿部隼人氏、九州大学大学院農学研究院の片山歩美准教授、久米朋宣教授らの研究グループは、九州大学宮崎演習林で, シカによる森林構造の変化が炭素蓄積量をどの程度減少させるのか計測しました。
その結果、天然林を構成する針広混交林が、シカが好まないアセビの灌木林やギャップ地に変化することで、生態系内に蓄えられた炭素が最大49%減少することを明らかにしました。この炭素蓄積量の減少は、次世代の木が育たなくなり中~大型の木が減ったこと、下層植生が衰退したことで土壌が侵食され、地表に堆積する植物遺体や土壌有機物が減ったたことが原因であると考えられました。
鹿除け柵なしでは再生しない森林
奈良を含めた鹿の多い地域の森林では、芽生えが鹿に食べつくされ、今ある木が枯れたあとの森林の維持が難しくなっています。そのため、各地の森林で鹿除け柵の中で植生を回復させる試みが実施されています。
自然に落ちた種からの発芽を待つにせよ、種をまいたり苗を植えたりするにせよ、鹿除け柵の中でないと植物が育たないほどの状況です。
一頭の鹿は一日に3kg以上の植物を食べます。芽生え一本は何グラムでしょうか。柵の中でしか植物が育たない森林に、未来はあるのでしょうか。
春日山原始林内の鹿除け柵
春日山原始林を未来へつなぐ会
facebookより転載
芦生原生林内の鹿除け柵
芦生タカラの森
facebookより転載
伊吹山の鹿除け柵
-風景のかけらと伊吹山-
守りたい小さな自然-より転載
奈良公園の鹿の危機
まとめると・・・
- メスに対する子鹿の割合が全国的に見ても低い。
- 初産年齢がほぼ3歳と見なせ、高質個体群と見られる地域より1年遅れている。※1
- 完全な野生状態なら死亡しているはずの老齢個体や、貧栄養状態の個体が生き残っている。※1
- 他地域と較べて寿命が長く、高齢個体の割合が多い。※2
- このような群では免疫力の低下や衛生状態の悪化が起こりやすく、豪雪や低温などの環境変化に対してクラッシュ(大量死亡)も危惧される。※3
※2 参考文献 大泰司紀之(1976)奈良公園の鹿の生命表とその特異性. 「昭和50年度天然記念物奈良のシカ調査報告」
※3 参考文献 前迫ゆり 編(2013)世界遺産春日山原始林-照葉樹林とシカをめぐる生態と文化- 第15章「奈良のシカ」の生態と管理-“野生”と“馴致”は両立するか 立澤史郎」奈良公園の鹿の危機
鹿の生息密度が高まりすぎた影響で、鹿が本来好む植物だけでなく、嫌いな植物や体質に合わない植物、栄養の乏しい枯れ葉、プラスチックごみや体質に合わない人間の食べ物を食べてしまうことが増えています。
捕食や狩猟がなく、人間による給餌も受け、完全な野生状態なら死亡しているような個体が生き延びていることで、気候変動や感染症によりクラッシュが起こることが危惧されています。
クラッシュを待ってはいけない理由
悪影響が顕在化しているような状況では、よほどシカの密度が低下しない限り自然環境へのインパクトは軽減されず、個体数が減少した後、すぐに植生が回復するとも限りません。
高齢化・貧栄養の集団がクラッシュした場合、“減りすぎ”たり、長期間個体数が増加しないこともあります。今の「奈良のシカ」はこの段階にあり、人間による保護や温暖化のおかげでかろうじて大事に至っていないと考えられます。
餌付けを増やすことの問題
過去に「奈良公園の鹿がやせている」という情報が広まった際、全国各地から生野菜が大量に届けられたそうです。
奈良公園の鹿は鹿せんべいを与えられてはいますが、ペットではなく野生動物です。善意で提供したものであっても、「エサはあげるから後は地元の人が面倒を見てね」という考え方は(厳しい言い方ですが)とても無責任です。
一時は大量のエサを与えられて個体数が増加しても、安定的にエサが供給される保証はどこにもなく、個体数増加による困難に直面するのは鹿たちと地元の人々、奈良の植物、鹿以外の生き物たちです。
野菜や果物、庭木や雑草であっても、種類によっては鹿の体に悪いものもあります。鹿せんべい以外の食べ物を鹿に提供することは絶対にやめましょう。
鹿を守る人々
必ずお読みください
- 奈良の鹿をめぐっては様々な立場と意見があり、単純に「鹿を守る人々」と「鹿に立ち向かう人々」に分けることは不可能です。
- 当サイトは「様々な視点から物事を考えることの重要性」「異なる立場・意見の人々が、対立ではなく対話することの重要性」を提案していきます。
- 「鹿を守る人々」と「鹿に立ち向かう人々」の分類は便宜上のもので、人の数だけ思いがあることを念頭に置いて読んでください。
JR奈良駅から奈良公園中心部に向かうメインストリート、三条通りを5頭の鹿が歩いてきました。緊急事態宣言下では奈良公園で鹿せんべいをくれるような観光客もおらず、交通量も減っていたので、三条通りまで出てくる鹿を見かけましたが、最近は三条通りではほとんど見かけなかったので驚きました。
車道に出たり、歩道に戻ったり、止まったり小走りになったりを繰り返し、ついにはやすらぎの道(2車線ですが車がひっきりなしに通る)の真ん中まで出て行った群れの後ろを、奈良の鹿愛護会の職員の方が、車道に出て写真を撮る人やドライバーに注意を呼びかけながら、ずっとついておられました。
観光客にとっては面白い光景だが危険がいっぱい。
かなり暑い日で、途中でトイレに行くことも、落ち着いて水分補給することもできない状態で、いつ終わるかもわからない鹿の迷走を、鹿が車にはねられる心配をしつつ追いかけるというのは、心身ともにかなりの重労働です。
鹿に立ち向かう人々
必ずお読みください
- 奈良の鹿をめぐっては様々な立場と意見があり、単純に「鹿を守る人々」と「鹿に立ち向かう人々」に分けることは不可能です。
- 当サイトは「様々な視点から物事を考えることの重要性」「異なる立場・意見の人々が、対立ではなく対話することの重要性」を提案していきます。
- 「鹿を守る人々」と「鹿に立ち向かう人々」の分類は便宜上のもので、人の数だけ思いがあることを念頭に置いて読んでください。
動物捕獲用の箱わな
鹿を殺さずに農業被害は減らすには
農地を柵で囲む、爆竹や鉄砲の音で脅かして田畑から追いやる、わなにかかった鹿を森に戻すなど、鹿を殺さずに農業被害を抑える対策はいろいろあります。
ところが、鹿は頭のいい生き物で、音で脅かしてもそれが録音であると見抜いたり、一度野菜や果物の味を覚えてしまうと、追い払われても何度も田畑に現れたりするそうです。
体重60kg~80kgにもなる鹿を森の奥に戻すというのは危険な重労働でもあります。鹿が農地に現れたるたびにそれを繰り返すのは容易ではありません。
C地区内のある農地には、高い柵や「バッタリ戸」が無数にあり、さらにその中の果樹一本一本を柵で囲うという厳重な実施しておられました。
鹿害訴訟の和解条項として、県道に接する場所では柵の設置などに対し補助金が出ますが、それ以外の場所では自費で設置しておられるとのことです。
畑を守るため自費で建てられたフェンス
農地周辺には無数の鹿のフン
バッタリ戸とフェンスを自費で設置しておられる方にお話しを聞き、写真掲載の許可を頂きました。その方は「うちはしっかり対策しているから、(農業被害という点では)鹿は怖くない」と仰っていました。
フェンスの外側を一周してみましたが、地面には無数の鹿のフンが落ちており、鹿が現れていることと、にも関わらず自費での対策で農業被害が防止できていることがうかがえました。
先日、京都府の芦生原生林を訪れた際、後部座席の窓から見ていると、高速道路の防音壁で見えない地域や都市部を除いて、近鉄奈良駅から福井との県境手前までの広範囲にわたり、ほとんどの農地で柵やバッタリ戸が設置されていました。
「鹿害対策もせずに鹿を殺せという農家の人たちが許せない」という意見もありますが、すべての地域・田畑ではないにせよ、相当なお金と手間をかけて対策をしている農家がかなりの割合あることは知っておいていただきたいと思います。
鼻先を突っ込まれないよう
目の細かい網と二重に。
耕作放棄地の草刈りも鹿害対策になる。
農業が衰退すると農業被害が増える?
耕作放棄され雑草が生い茂ると、田畑に出てくる鹿やイノシシに隠れ家を提供してしまい、農業被害が増えるという説があります。耕作放棄地を出さない、耕作放棄地が出ても草刈りをおこなうなどして見通しをよくすることで、農業被害を減らす効果があると考えられています。
奈良公園内の鹿は稀有な存在
まとめると・・・
- 奈良公園内の鹿は、周辺地域の鹿とは異なる独自の遺伝子型を持つ集団であることが分かった。
- 紀伊半島のシカ集団は1000年以上断片化された状態だったが、現在の奈良公園周辺では例外的に保護されてきたため、他地域で消滅した遺伝子型が現在の奈良公園の集団だけに残った。
A historic religious sanctuary may have preserved ancestral genetics of Japanese sika deer (Cervus nippon). Journal of Mammalogy, 104(2), 303-315. プレスリリース:「奈良のシカ」の起源に迫る ―紀伊半島のニホンジカの遺伝構造とその形成過程―(奈良教育大学)
- A地区B地区では奈良公園グループに属す鹿が大半であるが、C地区D地区では外の鹿との混血が起きている。
The sacred deer conflict of management after a 1000‐year history: Hunting in the name of conservation or loss of their genetic identity. Conservation Science and Practice, 6(3). プレスリリース:奈良市内のニホンジカの血縁構造とその分布(奈良教育大学)
独自の遺伝子型を持つ集団が形成された経緯
紀伊半島での人間の活動が活発になる以前は、鹿たちは紀伊半島内を自由に移動し、交配を繰り返していました。
6世紀から7世紀に、奈良では人間活動により鹿の集団の細分化や個体数の減少が生じましたが、現在の奈良公園の周辺地域では鹿が保護され始め、集団を維持することができました。
現在の奈良公園周辺地域の鹿と他の地域の鹿との間で交配することがなくなりました。
16世紀ごろ、紀伊半島での人間活動がさらに活発になり、鹿の生息域が分断された結果、紀伊半島東部集団と西部集団に分かれました。
紀伊半島東部の鹿と西部の鹿の移動や交配が絶え、それぞれの地域に残された鹿の遺伝子型やその頻度は異なるものになりました。なかでも奈良公園周辺の集団は、現在では他地域では確認できない遺伝子型だけが残りました。
今、どうなっているの?
現在の奈良公園内にいるのは1000年以上保護されてきた奈良公園独自の系統ですが、その外側に分布域を接するように他の地域から分布を拡大してきた系統が生息していることが明らかになりました。
また、奈良公園(下図黄色の円)の中の鹿はほぼ奈良公園グループの鹿(赤で示した鹿)ですが、奈良公園の外では他の地域からやってきた系統(黄緑で示した鹿)との交配(その他の色で示した鹿)が生じていることがわかりました。
【神の使いの子孫であるという伝承・保護されてきた歴史・鹿と人が共生する文化 に価値があるから奈良の鹿を守るべき】という観点から見えるもの
「奈良公園内の鹿と他の鹿の混血を防ぐためにC地区の鹿を駆除すべき」という主張には無理が生じます。
その反面で、奈良公園の鹿が成立してきた歴史や文化を尊重するのであれば、奈良公園外は鹿にとって棲みづらい環境であった過去の状態を維持する必要があると言えます。特に旧奈良市東部は江戸時代以降の記録をみても神鹿としての保護はされていなかったとされています。(奈良のシカ保護管理の歩みとこれから―その社会学的検討―)
また、奈良公園外に住む鹿によって感染症などが持ち込まれることも懸念されています。
鶏が鳥インフルエンザに感染して殺処分され、卵の値段が高騰したことがありますが、予防には野鳥やフン、羽毛が鶏舎に入り込まない「閉鎖型」の鶏舎にすることが望ましいとされています。
ところが、奈良公園を貫く車道や森林があるため、奈良公園を外の鹿が侵入しない「閉鎖型」にすることは非常に困難です。
【「独自の遺伝子型」だから奈良の鹿を守るべき】という観点から見えるもの
奈良公園内にいる鹿はほぼ奈良公園独自の遺伝的系統に属す鹿ですが、C地区D地区では既に他地域の系統の鹿との混血が生じており、奈良公園中心部からおよそ10km以上離れた地域になると、ほぼ他地域の系統の鹿となっています。
奈良公園独自の遺伝的系統を守りたいのであれば、外から入ってきた鹿(特にオス)がA地区B地区の鹿との間に仔を成すことを防がなければなりません。奈良公園内外の鹿の移動を完全に絶つのは不可能なので、保護地区外の鹿の頭数を減らす、保護地区外のメスの避妊処置、オスの不妊処置などの対策が必要となります。
現状、保護地区内で奈良公園独自の遺伝的系統が比較的よく維持されているのは、他地域の系統のオスの移入頻度が相対的に低いことによります。まれに他地域の系統のオスが公園内に入って繁殖しても、公園内で交配を数世代繰り返すことにより周辺で大多数を占める奈良公園独自の系統に近づいていくからです。
どこのどんな鹿を、なんのために、どうやって守るのか
奈良の鹿が天然記念物として保護されてきた一方で、他地域では「殺して減らす」ことが善悪はさておき当たり前に実施されている中で、「奈良の鹿を守りたい」という思いは一緒でも、どこに棲んでいるどんな鹿を「奈良の鹿」と呼ぶのか、「守るべき理由」、「未来に残したいものは何か」は人によって様々です。
立場の違いを越えて意見を交わしあい、丁寧に合意形成していくことが、鹿を含めた奈良の価値をより高めていくことにつながると考えています。
保護地区の中だけで交配を繰り返すことに問題はないの?
近親交配(血縁関係のある個体同士で子孫を残すこと)により、先天的疾患や奇形などが増えることは様々な種で知られていますが、一方で離島などでは極めて少ない個体数で交配を繰り返しても問題がない種も見られるように、近親交配を繰り返すことによる悪影響には種によって差があります。
奈良公園内で1000年以上にわたって今より少ない頭数で集団を維持できたことが、奈良の鹿において近親交配の影響が少ないということの何よりの証拠ではないでしょうか。したがって、奈良公園の鹿に関しては近親交配の繰り返しによる悪影響の心配は不要と考えられます。
鹿せんべいの功罪
栄養バランスが悪いのに長生き?
奈良公園で売られている鹿せんべい。江戸時代初期には存在したと言われ、人と鹿が共生する奈良公園の風景を維持する上で、重要な役割を果たしてきました。
天然のエサを上回る嗜好性を持つ一方、栄養バランスは天然のエサに比べると劣り、腸内細菌や便の性状も変えてしまうことが分かっています。
奈良のシカの糞性状と腸内細菌叢が、感染症拡大による観光客数変動から受ける影響
日本生態学会第71回全国大会講演要旨
明石涼(北海道大学),石川周(奈良の鹿愛護会),甲斐義明(奈良の鹿愛護会),中岡慎治(北海道大学),立澤史郎(北海道大学),早川卓志(北海道大学)
左が正常なフン、右が鹿せんべいの多食による軟便
鹿は、植物を食べることで歯がすり減っていき、歯がすり減りすぎて植物を噛み切れなくなると、死に至ります。
鹿せんべいは歯のすり減りを遅らせ、また、歯がすり減った鹿でも食べられるため、奈良公園の鹿の長寿の一因になっていると言われています。
ペットであれば、野生での寿命を越えて長生きさせることに問題はありません。
ですが野生動物、それも増えすぎて駆除拡大やむなし論さえ出ている鹿を、野生での寿命を越えて長生きさせることは、動物福祉の観点からも正しいのでしょうか。
鹿せんべいは、製造業者、販売員、奈良の鹿愛護会の収入源になっており、売り上げの一部は鹿の保護のために使われます。
鹿せんべい以外の食べ物による危険な給餌を抑止する効果もあると考えられますし、江戸時代から続いてきたという文化的・歴史的側面もあります。
一方で、鹿せんべいが様々な問題を引き起こしていることを考えると、鹿せんべいを今より減らしたり、やめるたりすることも考えるべきだと思います。
観光客が多い晴れた休日などは、鹿が食べ飽きてしまい、鹿せんべいが投棄されることがあります。このような日だけでも200円あたりの枚数を減らしたり、現在10枚200円で販売されているところ、値段は据え置いたまま枚数を1枚減らし、個体数の推移や、鹿の健康状態、奈良公園外へ出ていく鹿が増えないことを確認しながら、ゆるやかに減らしたりということは、考えてもいいと思います。
鹿が食べ飽き地面に投棄された鹿せんべい
同時に、または先行して、繁殖期のメス鹿隔離による駆除によらない頭数抑制などにより、奈良公園内の鹿の天然のエサ(植物)の量を回復させ、鹿せんべいに頼らずとも、鹿が健康に生きていける環境を取り戻すことも必要です。
管理人の思い
奈良の鹿はもちろん大切。だけど鹿だけではなく、鹿をも含めた生物多様性を維持し、奈良の生態系全体を守るために。
奈良時代から、私たち人間と共生してきた鹿。そのふんをエサとする虫たち。春日山原始林をはじめとする森林と、そこにすむ野鳥たち。学生時代に生物多様性の重要性を学んだこともあってか、宗教や文化と密接に関わりながら、千年を超えて受け継がれてきた奈良の自然の特異性と美しさに強く惹きつけられました。
森林の下層植生への過度の食害を抑え、森林が二酸化炭素を吸収し地球温暖化を防ぐ能力を回復させ、下層植生に棲む生き物を守り、鹿たちをも飢えと駆除から守るために、奈良の鹿の頭数抑制の必要性を感じています。
日本各地の鹿の多い地域では、奈良と同じように森林の下層植生が鹿によって壊滅状態に追い込まれ、今ある木が枯れた後の森林の再生が危ぶまれ、土砂災害への懸念が生じ(既に起こっている地域もあります)、森林に棲む生き物たちの存続が脅かされています。
「増えすぎた鹿を殺して減らす」ことは残酷ではありますが、奈良以外の多くの地域で当たり前におこなわれています。30年で約9倍に増えた鹿を、10年で半減させることを目標に、国を挙げて実施されているものです。
とはいえ、1000年を越えて保護されてきた奈良公園周辺の鹿を、他地域と同じように「殺して減らす」ことは、奈良の歴史・文化を根底から否定するようなものです。鹿と人が共生する希少な風景を失うことは、絶対に避けねばなりません。
反面、昭和32年に、春日大社と奈良市が、奈良の鹿の天然記念物への登録を「春日大社、奈良公園、春日山周辺の地域指定」で申請したにも関わらず、当時の地元の意向に反して「(当時の)奈良市一円を主な生息地域として地域を定めずに」登録されてしまった経緯があり、【鹿を保護する地域の見直し】や【保護する地域であっても際限なく増えることの防止】は必要です。
ニホンジカは、ごく一部のオスがハーレムを作り、最大で10頭程度のメスを妊娠させ、その他のオスは交配に参加することができません。一部のオス鹿を駆除しても、他のオスがハーレムを作ってしまうので、次の世代の個体数が減っていきません。
将来的な個体数を減らすには、妊娠可能なメス鹿の隔離や避妊薬の投与が効果的だと考えられます。
A地区(主に奈良公園平坦部)には、現在1300頭前後の鹿がいますが、適正頭数はおそらく戦前と同程度の約900頭から、戦後の激減を経て保護活動による個体数増加が緩やかになり始めた約1000頭の間だと考えています。
鹿は1日に3kg以上の植物を食べます。ほうれん草約15袋分です。鹿を現在の約1300頭から戦前の約900頭まで400頭減らせば、ほうれん草200万袋分以上の植物が、毎年奈良公園平坦部に残っていく計算になります。
B地区(主に奈良公園山林部)では、特別天然記念物でもある春日山原始林も含めて、下層植生や鹿以外の生物が大打撃を受けていることから、頭数抑制の必要性はA地区以上とみていますが、A地区での頭数抑制の効果がB地区にも波及することが期待できます。
C地区では、これまで農業被害抑制などの目的で仕掛けたわなにかかった鹿は、全頭が鹿苑の特別柵で終生飼育されてきましたが、飼育になじまない野生の生き物を頭数上限なく受け入れ、死ぬまで飼うということはそもそも綱渡りでした。
飼育環境の問題が指摘され、改善を目指している一方、収容する頭数を減らすためにも、C地区の鹿を駆除対象にすることも選択肢の一つとして検討が重ねられています。
また、森林や他の生き物への影響、A地区B地区の鹿に感染症をうつすリスクを考えても、C地区の鹿の増えすぎは問題です。江戸時代初期のように、人が鹿によって死傷する事故が頻発する事態を招くわけにはいきません。
一方で、A地区B地区に棲む鹿がたまたまC地区に出たときに駆除されてしまうことを危惧する声もあります。
複数の奈良の鹿の関係者に確認したところ、たとえC地区が駆除対象になったとしても、B地区との境に近い場所で駆除することには実際はならず、D地区との境に近い場所での駆除が中心になるだろうとの事ではあります。
とはいえ、A地区B地区の鹿がC地区で駆除されることを危惧する市民感情への配慮、また、C地区を文字通り「緩衝地区」(保護もしないが駆除もしない)として維持するためにも、現C地区のうち、愛護会への鹿の引き取り依頼が頻発するD地区寄りの地域をD地区に編入し、残りのC地区での駆除はせず、繁殖期のメス鹿隔離による頭数抑制を実施してほしいと思います。
D地区では、範囲の広さと鹿の多さから、現在の年間駆除上限180頭(上限は引き上げ予定)ではおそらく鹿は減りません。駆除以外の方法との併用を試みるか、駆除のみでD地区の鹿を減らすのであれば、「抜本的な鳥獣管理対策」(十年間で鹿を半減させる計画)と同等の捕獲圧をかける必要があります。
駆除上限の撤廃や、「抜本的な鳥獣管理対策」と同等の捕獲率の達成は、道徳的に見ればいいことではないかもしれません。ですが、個体数を減らすには足らない年間180頭の駆除を漫然と続けていくよりも、短期集中的に駆除して徹底的にD地区の鹿を減らし、その後はわずかな頭数が発見されるたびに駆除したほうが、長期的に見れば命を奪う鹿の数は少なく抑えられるかもしれません。
もちろん、当の殺される鹿からすればたまったものではないでしょう。「殺す頭数が少ない方が人道的」などと主張するつもりもありません。ですが、このままD地区で鹿が増え、住民、自動車、観光客のひしめくA地区B地区に流入していけば、多くの人が一番守りたいと考えている神域の鹿たちすら守り切れなくなる日が来るかもしれないのです。
奈良公園では、妊娠したメス鹿約200頭に、一般財団法人奈良の鹿愛護会(以下、愛護会)が麻酔薬を投与し、奈良公園内の鹿苑にて出産後落ち着くまで保護しています。
鹿の交尾期は9月下旬から12月中旬、妊娠期は9月末頃から翌年7月末頃であることから、出産後の母子が鹿苑を出た後、奈良公園や周辺にいる妊娠可能なメスのうち、500頭前後を交尾期前の8月から2月末まで鹿苑に隔離することで避妊することで、翌年生まれる子鹿を減らし、将来的な個体数を抑制することが可能ではないでしょうか。
現在、妊娠期のメス鹿約200頭に加え、主にC地区でわなにかかった鹿を雌雄半々で約270頭、特別柵で飼育しているので、これを繁殖期前後のメスのみ500頭の飼育に切り替えることは、不可能ではないはずです。
または、費用が賄える範囲でメスに避妊薬を投与し、あえて野生に返すという方針も可能かもしれません。オスのハーレムの一員にはなるが仔を産まないメスを増やすことで、次世代の個体数が減ると考えられるからです。
ニホンジカの大人のオスの体重は約80kg、メスは約45kgであり、メスには角もないことから、C地区由来の鹿をオスメス共に特別柵で飼育するより、メスのみの飼育にとどめた方が、同じ頭数を飼うのであれば負担も軽くなるはずです。
2024年度は鹿苑工事のため妊娠鹿の保護頭数は例年の半数程度となっており、例年よりも鹿苑外で出産にいたる母子が多くなりますが、一歳未満の死亡率に例年と大きく差が出なければ、2025年以降妊娠鹿の保護頭数を抑え、避妊目的での隔離に要する人員と経費を捻出することを検討しても良いでしょう。
2024年は5/31までの時点。鹿苑改修工事のため保護頭数が例年より少ない。
(財)奈良の鹿愛護会
提供資料より作成
コロンビアでは野生化して増えたカバの頭数を減らすために、ゴナコンという避妊薬をダーツで投与しています。同じ薬は、米国の馬、オーストラリアのカンガルー、香港の野牛で実験済です。
今までもわなにかかった鹿や妊娠鹿は麻酔薬で眠らせて鹿苑に連れてきていたので、麻酔薬で眠っている間に避妊薬を投与し、避妊薬投与済みであることを示す個体識別票をつけることは技術的には可能です
ゴナコンを投与する上で一番の問題は、一頭およそ1000ドル、大型の動物には3回投与が推奨されており、数百頭、数千頭に投与するとなると莫大な費用が掛かることです。コロンビアで在庫が尽きたと報道されており、安定的に入手できるのかという不安もあります。
奈良公園を鹿にとって、よりよい環境に戻したい。
鹿の増えすぎについては、人間による保護や過度の餌付け、地球温暖化、天敵となる野犬や狼を人間が駆逐してしまったこと、鹿皮や鹿肉を得るための鹿猟をやめてしまったことなど、人間の責任が重大です。
にも関わらず、鹿の増えすぎによる問題を、生け捕りからの終生飼育にせよ、駆除にせよ、避妊にせよ、鹿に負担を押し付けることで解決しようとするのは、あるいはとても罪深いことかもしれません。
農業被害については、田畑を柵で囲う、野菜くずの不法投棄を取り締まるなどの対策も有効だと思われますし、そういった「鹿を増やさない対策」が最も重要なのは大前提です。
ですが、鹿の増えすぎによる問題がここまで顕在化してしまった以上、「鹿を減らす対策」も、残念ながら避けては通れないのではないでしょうか。森林やそこに棲む生き物は柵では守れず、鹿を減らすことしか根本的な対策がないのも事実です。
あくまで鹿も含めた生態系を守り、生物多様性をこれ以上低下させないためにやむを得ずおこなうものであり、頭数をモニタリングしながら慎重におこなうべきであるのはもちろんです。
最後になりましたが、日夜汗を流して鹿を守ってくださっている一般財団法人奈良の鹿愛護会の皆様、獣医の丸子理恵先生、鹿サポーターズクラブの皆様、アカデミックな視点からご助言いただいた兼子伸吾先生ならびに高木俊人先生、C地区での鹿害対策の実際について教えてくださった地域の皆様。他地域の鹿害について転載許可を頂いた皆様に御礼を申し上げます。
管理人の無知や浅慮にもめげず、根気強くご指導を頂き、感謝の思いでいっぱいです。またたくさんご質問させていただくと思います。今後もよろしくお願いいたします。
日頃から議論を交わし、励ましたり窘めたりしてくれている友人たちと、管理人の行動を大目に見てくれている家族に愛をこめて。
ご意見・ご質問
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